【インタビュー】「逃げた先に見えたもの」クリエイター必見!水墨画家・稔絵さんに迫る

僕らの世界は、自分が見えているように相手にも見えているとは限らない。
そんな当たり前なことを、彼の絵を見る度に思い出す。

今回のインタビューは、水墨イラストレーターの稔絵(じんかい)さんです。

水墨画との出会い

――僕は母がピアニストで、クラシック音楽一家だったのがルーツなんだけど、

稔絵さんのアーティストとしてのルーツは何だったんでしょう?
どうして絵やデザインをお仕事にしたのかな、と。

 

元々小さい頃から絵を描くのが好きで、小学校の時とかは親や友達に絵を見せることに抵抗がなかったんだよね。

普通の人は「恥ずかしい」ってなるらしいんだけど、僕はそこに抵抗がなかった。

 

でもまあ、思春期の中高生時代は、弓道部にいたり、

帰宅部の時は、家や帰宅途中のマックでゲームに明け暮れたり、ニコニコ動画を漁ったり。

 

――がっつり青春だ笑

そうだね!笑

 

そして高校は、就職も進学もできるからってことで工業高校だったのね。

でもこれも、親父がそういったから「じゃあ工業高校行くね」って感じで。

――将来のビジョンは割とぼやっとしていたと。

まあでも、「自分がサラリーマンとして働いている姿」が想像できなかったんだよね。

 

絵を描いてものを作りたいなというのがなんとなくあって、
専門学校に入ってから「デザインって面白いな」と思って、それからグラフィックデザインの会社に就職したのね。

 

そこで初めて水墨画の魅力に出会った。

 

――あ、そこから!最初から水墨画が好きで勉強していたわけではないのか!

僕は日本画も着物も、全部「なんとなく好き」で描いたり着たりしているんだよね!
だからちゃんと学んでたわけでもない。

 

僕のルーツは「周りにいた人たち」

そうやって仕事の合間にデジタルでなんとなく触れていた水墨画だったけど、

ある時タンスの中に小学校で使ってた書道道具一式を見つけて。

 

で、実際紙に書いてみたら「ああ、思っていた通りの線が引ける」と感じて。そこが始まり。

 

――全ての原点が「楽しい」「面白い」なんだ、素敵。

結局、誰か先生がいたわけではないから、自分の好きなように水墨で絵を描いて親に見せたり、友人に見せたり。

そうすると周りの人たちが「すごいね!」「いいじゃん!」って言ってくれる

 

だからたぶん、僕のルーツがあるとしたらそれは「周りにいた全ての人たち」なんだなあって。

 

――え、それって凄いことじゃない?

稔絵さんは身の回りのものを「妖怪」にして描くけど、それらもすべてその「楽しい!」っていう気持ちから生まれてきたわけだ!

あ、いや、「妖怪」が見えるようになったのは少し経緯というか、訓練があってのことなんだよね。

「絵を描くこと」の意味を探していた

専門学校の時「自分のオリジナルの創作物を作れる」っていうことが1番だ、っていう考えがあって。
今は全然思ってないけど、少し荒れてたんだろうね笑

「どうにかして、二次創作ではなく、自分だけの創作物を日常の中から生み出せないかな」って思ってた。

ある意味「逃げの思考」だったと思う。

 

――それ、分かるかも。作曲始めた時も似たようなこと考えてた!

僕は「物事の根本にあるものを考える」「本質に立ち返る」ってことをやってみたの。

「そもそも、絵を描くってどういうこと?」って。

 

そう考えると、昔の人は何かの作品を消化していたのではなく、身の回りのものをみて何かを描いていた
それが「絵を描く」ってことなんだ、と自分なりに合点がいった。

 

身の回りのもの→作品→それを消化した作品

よりも

身の回りのもの→→作品

の方が、僕は早いと思った。

 

で、いざ「絵を描く」時に

「絵が描ける」っていうのは「その物事を知っている」ってことなんだよね。

 

例えば、今これを読んでいるそこのあなた、紙とペンを用意して下さい!(唐突)

「お花を描いて」と言われたら描けますか?

 

――それは描ける!

 

じゃあ、「バラを描いて」って言われたらどうだろう?
途端に描ける人の数は減るんじゃないかな。

 

――無理だ……!

そう、知っていないと描けないんだ。

自分だけの視点で、身の回りのものを作品に落とし込む。
で、僕は日本画や妖怪に興味があったから、今度は「妖怪の本質を知る」ことを始めた

 

本当の「妖怪」は、1人1人が持っている

妖怪とか神様になんで名前が付いているんだろう?

それはきっと、「意味不明な現象を理解するため」なんだよね。

 

「空にまぶしい光の球が登ってくる」「死んだ後の世界」
そういった「よくわからないもの」に「太陽」とか「天国」という名前がまずつくことで、人はそれを認識できる

 

そして「天照大神」とか「閻魔大王の審判」という神様のストーリーをつけることで、人はその正体を安心して想像できる

 

――妖怪もそれと同じ、ってことか。

ぬらりひょんとか、座敷わらしとか、一反木綿とか、

一般的に僕らが「妖怪」だと認識しているものは、昔の人が感じたことを図録などに描いたもので、
僕らは実は「妖怪」を認識してはいないんだよね。

 

水木しげるとか鳥山石燕とかが見た妖怪を、僕らは見てるだけなんだ。

 

――いわば2次創作物、なんだね!

人それぞれ畏怖の対象も違うから、本当はそれぞれの人の心の中にオリジナルの妖怪がいるわけだ。

見ようとすれば、きっと誰だって妖怪を見れるはずなのよ。

 

かつて「自分の眼で見たものを妖怪にしていった人たち」がいた、ということに僕は気がついて、
そこから僕は妖怪が見えるようになっていったんだよね。

 

要するに、僕の「妖怪が見える」この能力は、「オリジナルの物を創りたい」って
逃げて、逃げて、逃げた思考をきっかけに手に入ったものなんだ。

 

 

ーーそんな彼の作品は

「楽しい」「知りたい」「面白い」
素敵な感情にあふれながら、今なお進化を続けている。

 

それがモノクロな彼の絵を、なぜか色鮮やかに輝かせている理由なのかもしれない。

(文・談:ヌビア)

稔絵(じんかい)

デザイナー/水墨イラストレーター/グラフィックデザイナー。現在フリーランス。
日常にあふれるモノを妖怪として描く。クライアントに愛をもって向き合うクリエイター。

https://twitter.com/zinkai

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