どうもこんにちは。
早稲田大学文化構想学部4年生の、ヌビアこと、須田史寛と申します。
来年の3月で23歳になります若造です、チェロ・作編曲・その他いろいろをやってます。
この度私は、早稲田大学を中退(任意退学)させて頂くことになりました。
実は、4年生の春学期まで大学生として籍を置きながら頑張りましたが、
あと半年間、どうしても大学にいる意味を見出せなかったので中退します。
学部学科の友人たち、ここまで支えてくれた皆様、そして両親へ、感謝と申し訳ない思いでいっぱいです。
長くなりますが、いきさつなどをここでお話させてください。
ここまでのあらすじ
はじめてこの記事を読んだ人も、下手したらそうでない人も「超どうでもいい」と思うのですが、
一応これからの話をするために、少しだけ私の略歴を記させて頂きます。
※おおいに自慢が含まれます。耐性のない方はご注意ください。
・3歳でピアノを始め
・6歳からチェロを始める
・中高一貫の進学校へ
・センター試験9割、外語大・早慶・明治に全合格し(ドヤァ)
・早稲田大学 文化構想学部へ
・オーディションに受かったので休学・オランダとイギリスの音大へ
&音楽で稼ぎ始める
・帰国・大学通い再開
・音楽で生計が立つ
→今ココ
本当にこの前の7月まで、普通に週3~4で大学に行ってました(マジ)。
証拠がこちら↓
卒論含め、おお、もうあと5単位で卒業ね!
いや、ここまでよく頑張った。
大学3年生からは、朝は大学に行きながら仕事のメールを見て、授業を聴き、サークルのチェロパート主席として指導をし、
合間に作曲をして、家に帰ったらチェロのレコーディングをして、色々やりつつ……という感じ。
倒れた時も吐いた時も何度もあったけれど、3年半で落とした単位は2単位だけだったので、いい方じゃないかしら。
そもそも、僕は今まであまり年齢を堂々と公開はしていませんでした。
それは「年齢のせいで舐めて見下す人が多すぎる」「おまけに見下してる自覚がない」からです。
「年齢で見下すなんてよくないよね~」とかその本人メッセージが送られてきたときは
さすがに「は??」と思いました。
早稲田大学を中退する理由
大学に行く意味がなくなってしまったから
中退にあたって相当悩みましたが、
まず最も大きな理由は「大学に行く意味がなくなってしまったから」です
学びたいこと、頑張りたいこと、早稲田に行くメリット……
全てを感じなくなって、ただ単位を取るためだけの惰性になってしまいそうでした。
「早稲田大学という学歴の価値」を捨てるのはもったいない、ということについては
僕は「学歴」というものの価値は今後どんどん薄まっていくなと、勝手に思っているのでこだわりません。
「卒業生とのコネクション」については、
最悪「僕、早稲田を3年半で中退したのでお話しませんか?」と言いに行きます。会いたい人に会いに行く。
意味もなく大学に行って、学費にお金使って、なんとなく単位を取って卒業するなら、
もし自分が30過ぎになって本当に勉強をしたくなった時、一から入試を受け直して入りたい。
これがもし、これから就職して……とかであればむりやり卒業するというのも必要かもだけど、
僕には特にその「敷かれたレールの意味」は特にないかなと思いました。
「いま本当にやりたいこと」を追求するため
もう1つは「いま本当にやりたいこと」を追求するためです。
時間には限りがあります。自分のやりたくないことに対して時間を使ってしまうのは、1番もったいないことです。
それなら、その時間で僕の追求したい「音楽」のために、時間とお金を使いたい。
大学へ通うほとんどの人が疑いなく「高校を出たら大学へ行って、単位取って卒業して、就職して安定しよう」
と思っていると思いますが、僕はそのレールをいつも疑ってきました。
その通り進んでもいいし、そうじゃない道があってもいいでしょ?
残り半期、通うだけのお金は持っています。
でも、そのお金と時間を何にどう使うか、悩んだ末にこの結論になりました。
早稲田大学に通った意味
では、早稲田大学に通った意味はあったのか。
それは間違いなく「はい」です。
むしろ早稲田でなければ、他の大学に進んでいたら、僕はここにはいなかった。
僕は元々勉強が好きで、幼稚園の頃は漢字の部首や国旗や首都を覚えるのが好きだった。
だから大学受験勉強とか超大好きだったし、大学1年生まで将来の夢は中高の先生だった。
比較的自由の利くカリキュラム、授業数の少なさ、学生の自由を重んじる校風。
それゆえに遊んでしまう学生も多いのですが、僕にとってはそのおかげで音楽に向き合うことができました。
教育心理学・宗教学・哲学・美術史・語学・ジェンダー論……
高校では出会えなかった、色々な知識を広く学びながら「人間力」を高めてもらいました。
最高の友人・同期・先輩・後輩・先生方に恵まれ
まさに、よく遊び・よく学び・よく食べて・よく奏でた3年半だったと思います。
音楽以外の「学び」によって、僕の音楽はとても深いものになりました。
中退決断の時
色々な人に相談して、これが面白いことに意見が見事に別れ
友人は「最後まで行きなよ」と言い、恩人は「やめていいんじゃない?」と言いました。
だから最後は自分で決めるしかなかった。
両親・祖父母はどちらでもいいと許してくれましたが、本音は卒業してほしかったはずです。
特に、祖父は大学の教授でした。本当は僕に学を修めて欲しいと言っていました。
本当につらい決断でした、親不孝だなと思いますし、申し訳なさでいっぱいです。
だから僕は、絶対に自分の信じる「音楽」で返すしかないのです。
今まで息子にかけたお金・時間・思いが無駄になった、なんて絶対に思わせない。
それがこれからの僕に、唯一出来る親孝行です。
これから
去年の今頃(2018年秋)、借金を抱えた僕はいよいよ音楽を諦めようとした。
頑張って、頑張って、自分が楽しいかどうかなんて押し殺して、結果を求めて頑張ってた。
そこに残ったのは虚無感だった。
でも今は、いい意味でビジネス臭くなくて、クリエイティヴで、立場や損得を超えて話せるような、
そんな人間臭い仲間たちと楽しい音楽が出来ている。
「人生は学びだ」。
僕は限られた時間の中で、これから出来るだけ楽しいことをしていたい。
それが音楽なら音楽に、勉強なら勉強に時間を使いたい。
楽しいことのために、頑張りたい。
今の人間関係がどうなるかは分からないけれど、たぶんおじいさんになっても、今この瞬間は楽しかったって言えるはずだ。
僕はこれからも、そういう「なにか」をやりたい。
もしよかったら、僕が今一番楽しい仲間との音楽を見ていってくれないか。
彼は母親以外で初めて、楽器の演奏でウマが合った相手なんだ。
彼も「大学は卒業しなよ!」と言ってくれたが、ごめん、俺中退するわ。
以上、長々とお付き合いいただきありがとうございました。
これからもよろしく!!